盂蘭盆会と中国仏教の7月の行事
ウランバナ
盂蘭盆(盂兰盆)は、英語の仏教行事の案内では一般にUllambana(ウランバナ)と呼ばれ、僧団への供養と父母への功徳の回向を中心とします。中国暦での主要な日付は旧暦7月15日です。父母に養育されたことへの感謝が、死者の追憶を、生きている父母や先代の人々への思いやりと結びつけます。
その中心となる聖なる物語を伝えるのが『盂蘭盆経』です。中国で目連(目连)と呼ばれるマウドガリヤーヤナは、亡き母が餓鬼に生まれ変わっていることを知ります。米飯を持っていきますが、母が口にする前に燃える炭に変わってしまいます。釈迦は、安居の終わりに集まる僧たちに供養するよう教えます。僧たちの宗教的な助力と供養の功徳によって、母は苦しみから解放されます。この物語は、個人の力の限界と、布施、共同での修行、親を思う心の重要性を教えています。
この日付は、僧団の一年にも関わります。中国仏教の暦では、7月15日は、伝統的な3か月の夏の安居が終わる日です。締めくくりの行事である自恣(Pravarana)では、出家者が互いに過ちを指摘してもらい、規律を新たにします。共同体の修行の進歩を喜ぶ仏歓喜日とも呼ばれます。この結びつきによって、出家者の共同体であるサンガ、すなわち僧団への供養が、特に重要な位置を占めます。
供養と法要
盂蘭盆会では、経典の読誦、儀礼としての供養、僧侶への食事の提供などを行うことがあります。在家の参加者は、贈り物や奉仕を通じて僧団を支えます。供養が宗教的な修行を支える一方、功徳の回向は、その布施に、施主自身を超えて広がる目的を与えます。
仏教の考え方では、功徳とは、布施や宗教的な修行など、善い行為がもたらす精神的な利益です。功徳を回向することは、他者もその利益を受け、苦しみから解放されるよう願うことを表します。盂蘭盆会では、この考えを父母や祖先に向け、経典の教えでは前世の父母もその対象とします。したがって、その関心は一人の命日を記念することを超えて広がります。
関連する法要として、焔口(Yankou)を行う場合もあります。その名は「炎を上げる口」を意味します。餓鬼に食物を施す儀礼であり、儀式による給食と仏教の教えを組み合わせています。僧侶に供する食事とは直接の受け手が異なるため、同じ日に営まれる場合でも、年間予定では二つの法要を別々に記すことがあります。
盂蘭盆会と中元
盂蘭盆会は、道教の礼拝において地官と罪の赦しに結びつく中元と同じ日に当たります。どちらも、供養と追憶が行われる7月のより広い行事の季節に属します。地域の祝祭では、仏教の法要、道教の儀礼、家庭での祖先への供物、公の芸能が一つの予定に組み込まれる場合があります。
「Hungry Ghost Festival」は、この広い行事の季節を指す包括的な英語名です。
両者の違いは、供物を誰に向けるかに表れます。盂蘭盆会の説明では、僧侶に食べ物を施すことが宗教的な修行を支え、功徳を生みます。祖先への供物は、家族のつながりを尊びます。ほかに世話をする者のいない霊への供物は、家族の範囲を超えて必要なものを届ける行為です。これらは、受け手や目的の違いを保ちながら、併存することがあります。