暦書の典拠としての『協紀辨方書』
『協紀辨方書』(协纪辨方书)は、時と方位の選び方を扱う清朝の勅撰書です。正式な書名の冒頭にある欽定(钦定、Qinding)は、皇帝の裁可を示します。全36巻という本文の区分の中に、解説、表、行いの規則、伝来した説への批判がまとめられています。
勅命による編纂
改訂事業
この事業は、乾隆初期の1739年に認可されました。欽天監が用いるものを含め、既存の択日の書にあった矛盾に対処するものでした。康熙帝の時代の取り組みでは『星暦考原』が編まれていましたが、欽天監の日選びの手引きには、新たな編者たちが不整合と考える規則がなお残っていました。
編纂は朝廷の共同事業でした。欽天監の官員、進愛(Jin Ai)が改訂を求め、荘親王允禄が事業を統轄し、梅瑴成と何国宗が編集の管理に携わりました。張照は、1740年の追加の認可によって参加しました。御製序は皇帝の支持を示し、奏議と職員名簿は、事業を組織し遂行した官員を記録しています。
編者たちは伝来の規則を比較し、重複を除き、配当を訂正し、説明を加えました。択日そのものを全面的に否定したわけではありません。改訂は、分類とその関係を一貫した形で説明することを目指していました。御製序も、読者の便宜のために古くからの慣習の一部を残したと認めています。
この批判的な目的は、最終巻の「辨訛」、すなわち「誤りを見分ける」にも及びます。婚姻の相性判断を論じる箇所では、編者たちが不整合であり、婚姻を遅らせかねないと考えた規則を批判しています。したがって、本書の内容には、採用する規則とともに、批判も含まれています。
全36巻
内容は、基礎と定義から、表、実用、批判へと進みます。以下の表は、本文を区分する36巻すべてを示します。
| 巻 | 部門名 | 内容 |
|---|---|---|
| 1–2 | 本原(Benyuan) | 基礎 |
| 3–8 | 義例(Yili、义例) | 原理と解説上の規則 |
| 9 | 立成(Licheng) | 便覧表 |
| 10 | 宜忌(Yi Ji) | 分類ごとに整理した、適した行いと避ける行い |
| 11 | 用事(Yongshi) | 行いと、それに適した条件・避ける条件 |
| 12–13 | 公規(Gonggui、公规) | 一般的な規則 |
| 14–19 | 年表(Nianbiao) | 年の表 |
| 20–31 | 月表(Yuebiao) | 月の表 |
| 32 | 日表(Ribiao) | 日の表 |
| 33–34 | 利用(Liyong) | 実用 |
| 35 | 附録(Fulu、附录) | 補遺 |
| 36 | 辨訛(Bian'e、辨讹) | 誤りの検討 |
巻10と巻11は、同じ内容を異なる方向から扱います。巻10は暦に関わる作用の名から始め、それに対応する行いを示します。巻11は行いから始め、その下に適した条件と避ける条件を集めます。二つを合わせることで、分類と、人が何をしようとしているかが結び付きます。
本書には天文学や時刻制度に関する内容もあります。巻13では、都における計算とともに、夜間の時刻区分、薄明、星の子午線通過を論じています。その手順は、観測時刻を季節によって変わる条件と結び付けており、本書の範囲は日別の行いの一覧にとどまりません。
日付、伝本、版
巻頭の文書は、事業の異なる段階を記録しています。礼部の答申を受けた認可は、1739年に当たる乾隆4年の旧暦8月です。張照の任命は、1740年に当たる乾隆5年の旧暦2月に記録されています。御製序の日付は、乾隆6年12月15日です。
これらは編纂と序文に関する日付です。後の刊本でも、同じ序文を変更せずに載せることがあります。したがって、その日付だけでは、現存するすべての本がいつ製作されたかは分かりません。また、ある年号の年の最後の旧暦の月は、翌グレゴリオ暦年に及ぶことがあります。そのため、年号の年を略して西暦に対応させただけでは、日付全体を正確に換算したことにはなりません。
36巻は本文の区分であり、製本された冊数を36冊に定めるものではありません。影印本、現代の活字版、デジタル翻刻でも、同じ本文をさらに異なる形で分けることがあります。
ある箇所を探すには、巻と、行いまたは部門の見出しを使うのが最も容易です。「巻11、用事、安床」とすれば、異なる組版でも寝台を整える項目を特定できます。特定の版が分かった後では、ページや丁の番号が役立ちます。『四庫全書』本は、後代の宮廷の写本集成に属します。その現代の翻刻を、それ以前の刊本を写真で複製したものと混同してはいけません。
本文をたどって規則を読む
行いの見出しと付帯条件
巻11は、結婚、寝台の設置、開業、堤防の築造、井戸掘りなどの行いごとに条件をまとめています。関連する行いを一つにまとめた見出しもあり、注記によって各行いに適用する条件を区別しています。
「水路を開き、井戸を掘る」という項目が好例です。共通の一覧の後で、壬の日の追加の禁忌は水路を開くことだけに、卯の日の禁忌は井戸掘りだけに適用すると明記しています。これを壬と卯の日に水に関する作業を一律に禁じる項目と扱うと、その区別が失われます。
行いと日の分類との関係も、同様に個別的です。堤防の築造では、適した条件の中に成と閉の日が現れます。したがって閉は、すべての行いを禁じるものではなく、この作業に適した分類として挙げられています。この項目にも除外事項があるため、吉とされる十二直だけを規則の残りから切り離すことはできません。
退けられた規則
巻36は、批判するために諸説を紹介しているため、別の読み方が必要です。いわゆる「四不祥」の日を論じる箇所では、その導き方を説明したうえで、論拠を否定しています。反論を外して表だけを写すと、退けられた慣習が承認された規則のように見えてしまうおそれがあります。
婚姻の相性判断や、婚姻に有利とされる月についても同じです。編者たちは諸説の基礎となる関係を検討し、その制限は、依拠すると称している体系の中でも根拠がないと論じています。また、婚姻の時期に及ぼす実際の影響にも異議を唱えています。これらの箇所が示すのは、異論なく受け入れられた一組の規則ではなく、択日の学の内部での活発な議論です。
歴史的な本文と現代の暦書
本書は、行いの名称、周期的な分類、例外の間の細かな関係を残しています。現代の暦書は、その関係の一部を採用し、簡略化し、あるいは別の規則の組み合わせを使うことがあります。本文の一節を計算にするには、用語、境界の方式、付帯条件について判断する必要があります。
本サイトの行いの対応表は、『協紀辨方書』全体をデジタル翻刻したものではありません。この歴史的な書物は、特定の分類がなぜ併存するのか、その適用がどのように論じられたのかを理解するうえで、今も役立ちます。その範囲には、規則を組み立てることと、編者が残さないと決めた規則を批判することの両方が含まれます。